「生活を見つめ」「生活から学び」「生活を建設する」

※信州・生活綴方実行委員会(旧コロナと暮らし実行委員会)・信濃義人が、「長野の子ども白書」様に寄稿したものです。(右画像は信濃毎日新聞発行MGプレス2022年1月15日)


「コロナと暮らし実行委員会」は、長野県在住、出身の女性や母親、学生、弁護士、社会運動関係者などによる実行委員会です。昨年、2020年秋に計画したコロナと暮らしを考えるシンポジウムを、コロナ禍により延期としました。その代わりに直面している現実や思いを文章や絵につづることにし、知り合いなどにも呼びかけました。
コロナ禍の「非常時」のもとでのテレビやインターネットの喧騒、こうした喧騒のもとに埋もれた切実な声や実態があるのではないか、この空白を埋めたいと思ったことが、「コロナ禍の生活綴方」をはじめたきっかけです。38編を2021年12月22日にほおずき書籍から発行しました。

生活綴方、生活画は、ありのままの生活と自己を見つめ、感じていることを、文章や絵で表現することです。大正時代に始まり、手本を書き写すだけだった作文や図画の授業に新風を吹き込みました。

ユネスコ学習権宣言(1985年)の実践
大正時代、「自分の目で見て、感じとったものを描くことが大切」という山本鼎の「児童自由画」教育運動、綴方、児童自由詩、童謡などの信州教育が花開きました。本をきっかけに、山形の長瀞小学校画文集刊行会さんとつながりました。2・4事件(教員赤化事件)という弾圧事件もあり、潰えたかに見えたその信州教育が、昭和のはじめ、東北地方で受け継がれていたことがわかりました。『画文集 昭和の記憶 山形県長瀞小学校児童の想画と綴り方による昭和の原風景』には、当時の東北地方は恐慌、農村危機の時代に直面し、教師たちは、日々のくらしや生活と深くかかわるなかで、生活への目、社会への目をすべての子どもたちに育てなければならないと考えていたことが書かれています。信州教育は東北地方で、「生活を見つめ」「生活から学び」「生活を建設する」という教育に発展しました。
戦後も実践され、1950年代には、農村や工場の青年、家庭の主婦の間で、生活をありのままに書き、仲間で読み合い、新しい生き方を話し合う生活記録運動が、全国各地に広がりました。
おもしろいなあと思うのは、昨年12月に格差是正、人権重視をかかげた大統領が誕生した南米チリにも、表現形態は異なりますが、生活綴方や生活画と似た文化があるのです。長野市松代の大島博光記念館さんに所蔵されているアルピジェラです。1973年から90年まで続いたピノチェト大統領の軍事独裁政権により、家族を奪われた女性たちが中心となり、自国の現状を世界に訴えるアルピジェラというパッチワークが広がりました。女性たちは共同作業で、アルピジェラを作りました。バラバラにされた生活をパッチワークで復元し、つなぎあわせることで癒され、生産と収入の場だけでなく、発言の場となり、生きている実感を与え、独裁政治に立ち向かう力となりました。
わたくしたち実行委員会も、「コロナ禍の生活綴方」の編集を通して、コロナ禍で、いや、その前からすでにそうだったかもしれませんが、わたくしたちのバラバラにされた生活が、つなぎあわさることを実感しました。
これは、一九八五年の第四回ユネスコ(国連教育科学文化機関)国際成人教育会議で採択された「ユネスコ学習権宣言」の実践だと思うのです。

“学習権とは、
読み書きの権利であり、
問い続け、深く考える権利であり、
想像し、創造する権利であり、
自分自身の世界を読み取り、歴史をつづる権利であり、
あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
個人的・集団的力量を発達させる権利である”

自分に向き合うこと、話し合うことの大切さ
生活綴方・生活画を取り組むにあたっては、話し合う、学び合うことも大切だとわかりました。コロナ禍はそういう場をもつことが難しいのですが、いまの時代はインターネットがありますので、うまく活用することも大事だと思います。
「友人らとの当たり前の日常がなくなってつらい」とつづった大学生は、生活綴方の持つ力について、こう語っています。「生活綴方は生活に起こったことや五感からの刺激、感情を『見つめる』ことを必要とする。見つめて、記す。たったこれだけである。この『見つめる』行為が生活綴方の中心だ。そこに他人の視点は存在しない。自分に素直にならないと生活綴方は書けない。生活綴方は決して五感や感情を無視しない。むしろ歓迎し、回復や前進につなげる。コロナ禍の生活の変動や政治の無策失策からの回復に生活綴方は最高の手段だ」。
彼女は他県の大学に通っていますので、この話は、メールやSNSで実行委員会で共有しました。
「『使えない女』と』時間外の打ち合わせでも嫌な顔一つせずに応じる仕事の出来る男』そんなことを思って苦しくなった…私は一日一日を必死に生きています」と綴った石さんの寄稿が反響を呼んでいます。実は石さん、実行委員長なのですが、職業柄、意見を述べると裁定するようになってしまうので、あえて匿名にしています。
さて、石さんはなかなか書けずにいました。書けるきっかけになったのが、この学生の話です。石さんは言います。「私は自分の悩み、苦しみに向きあえていなかった。避けていた。書きながら涙が止まらなかった。そして癒された」。
「皆、心が疲弊し、人間の嫌な部分が露呈している」「正直疲れた」(パート主婦)、「人が関わる仕事は収入がなくなるかもしれない」(美容師)、「心が少しずつ削られている」(看護師)、「住民と交流できた公民館公演が中止になり、大切な場を失った」(松本の劇団員)、「底辺の人々に手を差し伸べるのが政治では」(ダブルワークをする主婦)…。編集作業を通じて向き合ったのは、多くの人がいま起きていることを消化できずに苦しんでいるという現実です。
この本を読んでいただいたみなさんのところで、生活を記録し、読みあって、より良く、より人間らしく生きようと話し合う場が、広がっていけばいいなと思っています。

「わたくし」たちが主権者
黒姫童話館長で児童文学作家の北沢彰利さんから、「コロナ関連の報道は毎日の様に行われ、数字や行政施策については知るのですが、庶民がこの禍いと向き合い、どのような生活・思いをしていていたのかは、取りあげられることなく忘れていきます。それをこうして一冊にまとめて後世に伝えるのは、とても意義あることと思います」とお手紙をいただきました。飯島町にある風の谷絵本館さんからは、「自分の暮らしを見つめ、自分の言葉で書き表すことで、自分を見つめ、新たな方向性を見出し、孤立することなく人とつながっていける。人と人とをつなぐ一つの方法ですね。問題点を個人の事情のものとするのではなく、社会と政治に係わっているのだということも認識することができます。そして課題を皆で共有し、話し合う場が広がっていくことで、地域、社会を変えていく力となるのではないかとおもいます。飯島町でも生活綴方ができたらいいなとおもいます」とお手紙いただきました。
コロナ禍は、人間らしく生きる権利を奪います。どうしたら回復できるのだろうということが、実行委員会の問題意識としてありました。
江戸時代、信州の上田地域では百姓一揆が多く起こりました。地域農民の生活を守ろうとして藩主に直訴し処刑された首謀者は手厚く葬られ、機を見て義民として供養・顕彰し、名誉回復が行われました。村人は自分たちの歴史を祠にきざみ、今なお語り継いでいます。上田市誌には、「農民は生活の権利を守るために、集団で自分たちの要求を、支配者たちに認めてもらおうとしました…百姓一揆や村方騒動のなかに、民主主義的な考え方や行動が見られます」と記されています。
江戸時代は、権利を要求することは許されない、出してもなかなか受けつけられないから直訴がおこなわれたわけですが、今では、まがりなりにも言論の自由があり、正当な権利や願いを要求することが憲法で保障される時代になりました。
この本の1つ1つの生活綴方は、江戸時代の農民が、命がけで生きる権利を主張し竹に挟んだ「訴状」です。 
いまは「わたくし」たちが主権者です。よりよい明日へと歴史を繰り広げていくために、それぞれの生活の言葉で綴った「訴状」で話し合っていただけるとうれしく思います。それは、基本的人権の一つであり、自らの歴史をつくっていくことのできる学習権保障の実践です。