人間らしく生きる

コロナ禍は、人間らしく生きる権利を奪います。どうしたら回復できるのだろうということが、実行委員会の問題意識としてありました。
江戸時代、信州の上田地域では百姓一揆が多く起こりました。その中でも青木村は、「夕立と百姓一揆は青木村から」と言われるくらいに一揆の首謀者が多く出て、同じ地区から5回の一揆が起こったのは全国最多です。地域農民の生活を守ろうとして藩主に直訴し処刑された首謀者は手厚く葬られ、機を見て義民として供養・顕彰し、名誉回復が行われました。村人は自分たちの歴史を祠にきざみ、今なお語り継いでいます。上田市誌には、「農民は生活の権利を守るために、集団で自分たちの要求を、支配者たちに認めてもらおうとしました…百姓一揆や村方騒動のなかに、民主主義的な考え方や行動が見られます」と記されています。
江戸時代は、権利を要求することは許されない、要求してもなかなか受けつけられないから直訴がおこなわれたわけですが、今では、まがりなりにも言論の自由があり、正当な権利や願いを要求することが憲法で保障される世の中になりました。
この本の1つ1つの生活綴方は人間らしく生きる権利の回復であり、江戸時代の農民が、命がけで生きる権利を主張し竹に挟んだ「訴状」です。このたくさんの「訴状」が、本の出版を通じて、話し合いという形になりましたことに深く感謝します。そして、本を読んでいただいたみなさんが、よりよい明日へと歴史を繰り広げていくために、それぞれの生活の言葉で綴った「訴状」で話し合っていただけるとうれしく思います。それは、基本的人権の一つであり、自らの歴史をつくっていくことのできる学習権保障の実践です。

ユネスコ学習権宣言(1985年)
“学習権とは、
読み書きの権利であり、
問い続け、深く考える権利であり、
想像し、創造する権利であり、
自分自身の世界を読み取り、歴史をつづる権利であり、
あらゆる教育の手だてを得る権利であり、
個人的・集団的力量を発達させる権利である”

「皆、心が疲弊し、人間の嫌な部分が露呈している」「正直疲れた」(パート主婦)、「人が関わる仕事は収入がなくなるかもしれない」(美容師)、「心が少しずつ削られている」(看護師)、「底辺の人々に手を差し伸べるのが政治では」(ダブルワークをする主婦)…。編集作業を通じて向き合ったのは、多くの人がいま起きていることを消化できずに苦しんでいるという現実です。実行委員会では、「『もっとつらく、我慢している人がいるんだから耐えろという空気』が社会に蔓延していないか」と話し合っています。みんな困っているし、いろんな「困っている」があっていいと思います。
生活綴方で、「困っている」ことや願いを記録し、政治や行政に届けることは、「住民の声を聴く政治」に変えていくことだと思います。